「ぼくなら、別れ際に花を1輪、贈りますね。」
映画のワンシーンでしか見たことのないような事をすると、彼は言う。
しかも息をするが如くサラリと言う。
1輪の花を受け取り、ほほ笑んでいる誰かを容易に想像できた。
何気ない日常の中での会話だったが、忘れたくないセリフだったから書き記しておいた。
近頃、久しく連絡をしていなかった友だちにコンタクトを取るようになった。
先日、久しぶりに同級生と飲んだことがきっかけだ。
今まですれ違ってきた人たちが元気で居るのか、気になるようになったからだ。
同級生、友達の友達、昔の同僚だったり上司だったり、きっかけがSNSであったとしても、同じ時を過ごした人たちに想いを馳せるようになりメッセージを送っている。
カオルさんの事をことを少し書き綴っておこう。
カオルさんは一回りも上で、福祉用具のレンタル会社を営んでいる。
仕事の付き合いがきっかけで、時々飲みに誘ってもらった。
カオルさんは、人が集まってきてしまう何かオーラのようなものをまとっていた。
いつもの居酒屋の大将には「きょうはどこの彼女すか?」なんて声をかけられ笑っている。
いつも数人で食べたり飲んだり、好き勝手に話しをした。
遠慮はいらない雰囲気があって一緒にいて心地が良かった。
当時の私たちの仕事は、ポジティブな仕事とは言えない。
彼らとは「本人が望む最期」について真剣に話し込んだものだ。
カオルさんとは、真剣な話しも、バカな話しも遠慮なく出来た。
大きな身体と大らかな性格に魅かれる人は多く、いつも人が近くにいるのも合点がいった。
エロティックな話しでさえも、サラリと言い放つものだから嫌な気分にもならなかった。
カオルさんが脳梗塞で倒れてからもう3年になる。
左側に麻痺が残ったが、会社は存続しているしひとり暮らしを続けている。
少し元気になった頃に、ひとけの無い山奥に家を買った。
会社まで車で小1時間かかるだろう。
暖炉のある家でラブラドールと暮らしている。
おととい、カオルさんと近所のスーパーですれ違った。
独り身の彼は、買い物カゴをいっぱいにしたカートを押していた。
ビールや焼酎。総菜やら冷凍食品やら、ひとり暮らしらしいラインナップだ。
キャベツはまるごとひとつ入っていたから何とか刻むことは出来るのだろう。
道具の工夫はお手の物であろうから心配などしていない。
カゴの中には、1束の花が置かれていた。
黄色いガーベラが3本。
ひとり暮らしの部屋に飾るのだろうか。
亡くなった娘さんに供えるのだろうか。
自分への贈り物なのか、誰かへの贈り物なのか。
とにもかくにも元気にしている事を確認し「またね」と声をかけて別れた。
「花を贈ろう。」
わたしは自分に花を贈りたくなって花屋に入った。
1輪だけ買おうと思ったけれど、決めかねて2輪買った。
グレーの髪をした店員さんから花を受け取った。
花の名前は知らない。あえて聞かなかった。
何気ない日常をただただ過ごしている。
体調も思わしくない。どうせ独りぼっちの毎日だ。
そんな自分に花を贈りたくなった。
2輪の花が添えられた部屋は、いつもと違って優しい。
「少しづつ前を向いて。これからも見守っています。」
ゆうべ友だちに贈られたメッセージだ。
気づいていなかったけれど、見守っていてくれる人がいる。
言葉の贈り物をしっかり抱きしめた。
名前も知らない、2輪の花の香りがした。
もうすぐ夏だ。 fin
*これはフィクションです。
↓自分用に。大切なあの人へ。お花のサブスクで生活に彩りを。
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